日記 11月の章  もどる

11月30日

つなぎめ・・・・というと 何を連想するだろう。

わが家のつなぎめは 食事だ。

ちょっと物忘れの多い 姑は 3度の食事が 楽しみだ。

そのちょっとボケかかった 母を見るのが辛いのか 夫は時間をちょっとずらす。

姑も 息子が 口うるさく言うのが いやなのか

 

夫が 居るときはあまり居間に顔を 出さなくなった。

娘は 思春期?のせいか ケーキを食べるとき以外は あまり

夫と同じ部屋に居ることはない。結局 私だけが 時間差でみんなと顔を会わしていることになる。

なぜ 私が・・・と、考えたら 接点は 食べることだった。

誰かが食べるときには 1日1度は いっしょにテーブルに ついている。

台所のテーブルが 家族のつなぎめなのだろう。。。

主婦を あなどるなかれ! 主婦が 食事の支度をしなくなったら

家庭のつなぎめは 無くなるのだ。

 


11月29日

風邪を引きそうだ。今朝は 寒い。雪が降るかと思った。

寒さに身体が まだ順応していない。チョコも日陰を嫌がるようになった

冬突入。。ジングルベルだ。クリスマスって どうしてワクワクするのだろう。

 

 夢は言葉にして 実行に移して はじめて実現すると 実感した。

今度は どんな夢を見ようか。。

そのまえに 夢を見るための 枕や布団を 干さなくてはいけない

シーツも洗濯して・・・・・、良い夢を見るためには 努力も必要だ

だが ちょっと それを置き忘れてきてしまった。

いまからでも 間に合う

つぎの夢のために 良い寝床を作ろう。

 

1週間ぶりに 仕事をした。 やはり、このリズムは 私に合っている。

 


11月28日

happyだ! すごく嬉しいことが あった。

広島のネットのお友達が 結婚する。

すごく嬉しい。彼が 博多に転勤になったとき 私は行く末が心配だった

いったい どうなっちゃうの? ふたりは。。。と

良い夫婦なるよ 絶対。だって はじめて会ったときの彼の印象は

「絶対 いい配偶者になれる」だった 直感したもん。

宮島の鹿と戦ってる姿を見てね(^^)

九州男児の 強さを見せながらも 頼りがいのある優しさも伝わってきた

ぴーさん 一途な思いが いじらしかったよ。

女は愛されて結婚したほうが 幸せになれる、って よく聞くけど

わたしは反対だと思うの。 愛した人と結婚して 愛されるより 愛し続けたほうが

自分が どんなに幸せになれることか。 

それが 出来るアナタだから きっと 幸せになれる。

あなたが 幸せになれるってことは 彼も幸せになれるってことだからね。

おめでとう! 心から おめでとう!

嬉しい気持ちです  


 

11月25〜26日

都へ 行く。ひとりで。。

朝、6時半 学校に行く娘を見送って 家を出発。

まだ夜明け前の 薄暗い中だが 高速道路にはライトをつけた車が たくさん走っている。

 はじめての東京一人旅に 気持ちが 高ぶっているのが 自分でもよくわかる。

高速を走りながら どんどん辺りが 夜明けで明るくなってくる

まるで 私のこれからの旅や人生の節目が 明るい未来の予感を 暗示しているようだ

ますます 胸は高鳴る。。いまから 興奮してどうする。。落ち着け

車はこのままスピードをあげれば

そのまま翼がはえて 空へと飛びたちそうだ。

飛行機は 1時間で羽田につく。内心どきどきしながらも 私は飛行機なんて へっちゃらさ、

どきどきなんて してないもーん・・・・と、いった風を気取って見せながら

 モニターでの 緊急事態時の避難説明を 横目で注視する。。

だが 救命胴衣を付けることもなく  羽田に到着、よかった。。

羽田では 搭乗口22.23.。というところで 黒田夫妻とあたりめさんを 待つ。

いない・・・・場所は どこ? あたりめさんから 携帯がかかる。

「わたし、22.23番ってとこで待ってますぅ 目の前には 歩く歩道が真っ直ぐと 続いています。

お店屋さんも ありますぅ」 と言って 切る。

きょろきょろと 辺りを見るが それらしき人たちは居ない。。

もしかしてと思い 通りがかりの店員さんに聞く 「あのぉ 出口ってどこですか?」

「この歩く歩道のずーーーーーーっと 先ですよ(^^)」  ガガガガーーーーーーーン

わたしは まだ出口まで行ってなかったのか。。。

その間、あたりめさんと チョメさんは 手荷物が出てくるところと

一般出口の2か所に別れて 大騒動だったそうだ。。

それすら 知らない私は のんびり 空港でマーキングも残しつつ きょときょとしていたのだ。。

会えた! 黒田夫妻とあたりめさんに! 都物語の始まりだ。。。

4人で お喋りをしながら 黒田様の提案で東京タワーまで ゆっくり歩く。

朝の東京は静かだ ここは本当に東京? 人が多いところではないの?

道は歩きやすく のんびりしている。都のイメージが違う。。だが こののんびりさが じつに良い。

都巡りに行くぞ!と いきり立った心を 緑の多い道が 静めてくれる。

大きな 赤い門に向かう 「増上寺」というそうだ。 人がいない。。広い境内に誰も人は居ない

ここは 東京だろ?と、また問い直す。。

 おおきなお寺の後ろには 東京タワーが 建っている。

そのギャップが なかなか面白い! ズラーッと並んだ お地蔵様たちは 赤い毛糸の帽子を

被らせてもらっている。 なかなか良い景色だ、絵になる。カメラが あれば撮りたいところだ。

黄色い落ち葉を カサカサと 踏みながら お喋りをして のんびり 歩く。。

落ち着ける場所だ 

おだやかな黒田様の 好みが伺えそうな 道と景色だ。

エレガントなあたりめさんにも きっとこの道は 合いそうな気がする。

聡明なチョメさんは きっとオールマイティだろう

1時から 浜松町というところにある 劇団四季の劇場へ ライオンキングを チョメさんと見に行く

劇場の外では 背高ノッポのピエロのようなメイクをした人が二人 ハーモニカを

吹いて これから はじまるぞーっと 気分を盛り上げている。

コートは預かってくれるし、子供用に座席を高くするためのシート上おく座布団まで 用意されている

劇場のカフェテラスも なかなか良い 至れり尽くせりだ。さすが 東京だぁ

1ヶ月以上 前に チョメさんが 取っておいてくれた席は 良い席だった!

1階の後ろか2列目 通路側だ。 劇場を所狭しと 駆け込んでくる 役者さんたちの

息づかいや 歌声 衣装のスレる音まで聞こえてくるようだ。

第2幕が 始まった頃には 完全に舞台に吸い込まれてしまっている自分

上手い。。すごい。。歌声が心の中にまで届いてくる。。

ブラボー 素晴らしい衣装。素晴らしい演技 素晴らしいダンス カーテンコールは何度だったろう。。

夜、6時 横浜のもんじゃ屋さんで 茉理さん と待ち合わせる。

草色のストールが さりげなく似合う茉理さん 登場!

3人で (私にとっては初体験の)もんじゃを 食べる。おいしい(^^)v GOOD!!!

お好み焼きは関西風にした。なかなか 美味しい。ソバ玉は入れないの?と聞いたら

変な(ΘΘ)チョメ(ёё)茉理     された。 へん? 広島では いつも入れるけど。。。

食後 茉理さんの車で ベイブリッジをドライブ 夜のお台場 フジTVだあ!

「おーーーーーい、 めざましテレビの なーっちゃーーーーん!」と 叫ぶ。。

午後8時すぎ TDLへ 到着 

中は ものすごい人・ひと・人・・・・・・人

クリスマス ファンタジー?に 集まった人混みのなかに まぎれこむ

花火まで5分前、思わず

「まあ まるで 私たちの到着を待っていてくれたみたーい」。。。。

そう、地球は我々を中心に回っていると思っている。

花火も見た アトラクションも2軒見た。ぷぅ〜サンのカップも買った。10時閉園ギリギリまで

めいっぱい TDLを楽しんだ。沢山の電球で飾られた クリスマツリーも美しかった

帰りは レインボーブリッジから夜景を楽しむ。。まるで 光の道が出来ているようだ

車はいっこうに減らない、渋滞もまだある。。いったい 東京人は 何時 眠るのだろう

「不夜城、って 金城武の映画が あったっけ。。」 と題名だけが 頭をよぎる

よぎったときには すでに口走っている。。。。。。

0:30品川プリンス 本館チェック・イン

チョメさんは 新館でチェックイン。。。。だが、しかーし このとき事件は起こった。。

チョメさんの 部屋Noは「1126」だったそうだ 11階の26号室を探したが。。部屋がなく

途方に暮れて 廊下で遭難したとか。。。ウソウソ

ホテルマンに聞いたところ どうも部屋番号を聞き間違えたらしいとのこと

「1126って 11月26日のことだったみたい」 チョメ談

そして 次なる難関は カードキー コレを使って部屋に入ることが出来ずSOSを

発信したとかしないとか。。。などなど ホテルの中で彼女が 遭難しているとも知らず

私は そのころ お風呂にのんびり浸かっておりましたのじゃ。。( ̄ー ̄)ハァ ビバ ノンノン

しかし、朝からの興奮が おさまらず、眠りにつけない。

 2時間おきに目が覚める。。

チョメさんをせかして 10時には自由が丘へ 到着。

しかし 店は まだ閉まっている!!なぜだ!

広島と違い 都では開店が11時らしい。 「ふん、広島では・・・・」と言いつつ スターバックスで

カプチーノを飲みながら 時間をつぶす。なかなか 感じの良いくつろげるカフェだ。

ひとりで ゆっくり腰を落ち着けられそうだ。

本などを 読んだり 手紙を書いたりしたら 似合いそうな店だった。

12時すぎまで 自由が丘を散策。。。

きょうは なんて暖かいんだろう コートが邪魔だ。セーターをぬいでバックに入れる。

自由が丘正面で くまごろうご夫妻と 待ち合わせ

奥さんはネットで絡んだことがないので けっこう固まっている。

だいじょうぶです。私たちは 噛みつきません。。

チョメさんは 奥さんと わたしは くまさんとお喋りしながら 目的のレストランへ

うーん チョメさん 良い店ですわぁ( ̄ー ̄)ウットリ

料理も美味しいし デザートとケーキが付いて1200円が 嬉しい!

野菜もたっぷり 使ってある。

そこで茉理さん とも合流して5人で 食事をした。

久万悟郎さんは おばさん達のなかへ単身突入するのが やはり怖かったので

奥様同伴だったそうだ。それは 正解でした(^^)

奥様は 我々お姉タマが しっかり教育して 熊と戦える強い女に仕立て上げましょうぞ。

ウキキキと 口々に脅す。

午後3時 そろそろ お別れの時間です。このころから 私は 疲れがどっとでてきて

理性を失いかけておりました。。なんと 茉理さん くまさん夫婦とお別れの 挨拶中にもかかわらず

吸い込まれるように 向かい側のケーキ屋さんに 突進!

あとから 追いかけてきた チョメさんに「これこれ。。。まだ お別れが。。」と 言われるまで

まだ 事態が飲み込めず 心は すでにケーキ屋さんの中に・・・・くまさんゴメン

頭の中は 生クリームと ケーキのことで いっぱいになったまま 

皆さんと お別れして またまたそのケーキ屋へ突進

家への土産用に生クリームのたんまりついたのを数個と

 いまから渋谷で会う 大学生の息子に1個買う。

ケーキを持って チョメさんと自由が丘を 散策。。

西日がさし 夕陽がかったオレンジ色の光を見たとき

心の中で なにかが大きく動いて

無性に 数ヶ月会っていない 息子に会いたくなった。

子離れしているつもりだった。。そのはずだ。

なのに とにかく 早く会いたい!

まるで 愛しい人に はやく会いたいと思うように 心が会いたい、会いたいと唱えだしたのだ。

約束の時間までは まだ1時間半もある。

 疲労と興奮の極致は理性を無くさせる。

どう 伝えようかと考える余裕もなく そのまんま チョメさんに

「わたし、もうすぐ 切れちゃいそう。。」と 言ってしまう。でも まさしくそうだった。

早く次の地点行き 息子をただ待っていたかったのだ。

無性に顔が見たかった。疲れて 心も体も無防備になったとき 自分でも 気が付かないふりをしていた

本当の旅の目的が 心の底から 突き上げてきたのだろう。

感のよい彼女は すぐに渋谷東横線のりばへ 送ってくれた。

すでにそのときには ゆっくり 今回の旅のお礼を言う 心の余裕もないくらい

ヘトヘトになっていた。チョメさん いっぱい世話になりながら ゴメン。

構内の「キュート」というお店で 1時間 ぼぉ〜っと レモンティーを 飲みながら携帯を握りしめて

息子からの連絡を待つ。  この時間が 私には けっこう嬉しかった。。

ただ ぼぉーっと 電車から下りてくる人の流れを ガラスのこちら側から 眺めている。

みんな 忙しそうにどこに行くのだろう? 

キョロキョロしている人は いない。 都人は 歩く足が速いのは 本当だった。。

午後5時5分前 待ち合わせ場所の 東急東横線のりばの 改札口前の柱に立つ。

ものすごい 人の流れだ。この中で 見つけてもらえるだろうか。

携帯を握りしめて 心細げに立っていたことだろう。。

昨日の出発時の鼻息は どうしたことだ!

この 人の波に圧倒され 飲み込まれている自分がわかる。。。

人の波間から 笑顔で現れた子供の顔を 見たら ふぅ〜っと肩の鎧が一つとれた。

しかし なんだその格好は?

年に1回のサークルの催し本番当日とかで 入学式用に買ってもらった スーツにネクタイ

青いシャツではないか。。。髪は 長髪だし。。。(-。-;

これじゃ まるで 売れないホストだ。。。

ぜいたくは 言うまい。。部活の大事なイベントの日に 合間をぬって

羽田まで 母を連れて行くために 学校から駆けつけてくれたのだから

素直に うれしい。わたしは ヘロヘロだ

朝 乗車券を2枚買っておいたことは すでに伝えてあった。

促されて JRに乗る。まさか 東京の電車で 息子にエスコートされるとは・・・・・

思いがけない 息子の成長に 母は内心嬉しくて ドキドキしながら

この優しさの奪い合いが 嫁姑戦争に つながるのかもしれない。。。と

関係ないことを思いながら、

羽田までの車中で 昨日からの行動を ちくいち話す。

売れないホスト風な格好の息子は へらへら笑う。

「ふつう そのスケジュールだったら 連泊でしょう。」と 

だんだん  わたしも 母親の顔に戻ってきた。

「 ちゃんと 食べてる?着いたら 何でも良いから 食べさせてあげるから 」と

しかし 空港のレストランも行列だった(-。-;

喫茶店で スパゲティーを食べるくらいの時間しか 残っていない。

子供の言うとおり 渋谷で食事して行ったほうが 良かったのかもしれない。

やはり、アドバイスは 素直に聞くべきだった。

だが、慣れない羽田で ダッシュは ゴメンだ。

手荷物検査のところで お礼を言って別れる 姿が見えなくなるまで 見送ってくれていたらしい。

ありがとう。時間を共有できて わたしは ほんごり暖かいものを もらった。

犬や 猫が 君の側に行き甘えたがるのは その穏やかさから来る オーラかもしれないね。

午後9時 広島に着いた。風は 東京より冷たい。

「いま、広島に着いたよ」と家に 携帯から電話を入れる。

息子にも入れる 彼は 学校にもどっていた。。

携帯の電池は ここでちょうど 無くなった。

私の旅のエネルギーも 電池の残量と同じだ。。

さあ あしたから いつもの通りだ。

私の 夢の計画に参加してくださった方々に

感謝と信頼と尊敬を

ありがとうございました。

 

さあ、 つぎは。。。。。

 


11月23日

のどかな休日だ。

日もほんごりと暖かい。

朝、犬の散歩中 草を機械で刈っているお爺さんが ヨッコラショと石の上にすわって 休んでいた。

近所に住んでる人らしい、挨拶をすると 砂を蹴り上げるチョコを見て

 「ウンチを埋めとるつもりじゃのお」と 眺めている。

そうこうしていると 階段の下に 買い物の荷物を持ったおばさんが 

フゥ〜フゥ〜言いながら両手にいっぱい膨らんだナイロン袋とティッシュを 持って立っている。

「どうぞ、お先に」と言ったが なかなか動かない。

「違いますよ。下から上がってきたから 息が切れてね」と お爺さんや私を見ながら返事をする。

お爺さん 「今日は ティッシュが売り出しか?ほかになんか安かった?」と 安売りの会話がはじまる。

そのおばさんも 荷物を抱えて 階段を上ってきて お爺さんの座ってる石の横を あけてもらい

 ヨイショと腰掛けて

さらに スーパーの売り出しについて 延々と話している。。

空は 抜けるように青い。 山は 今にも燃えそうな紅葉だ。

ひなたぼっこしながらの お爺さんとおばさんの会話を横に聞きながら、 

私は「それじゃあ」ペコリm(__)m と 小さな声で挨拶して 下りていく。。

いつもの朝だ。。何もない、静かで 平和な のんびりとした休日だ。

 時を流す砂時計の砂は きっと透きとおっているだろう。

それが 今日の私のこころだ。


11月22日

わたしは 嫌な女だ。なぜなら やたら見せびらかしたり 聞かせたがる 

仕事の帰りに 美容室にカットに行った。

今日は休み明けで混んでいたが しばらく待って なんとか割り込ませてもらえた。

やーっと ご指名の彼女が来た。わいわいと話をしながら 髪を切ってもらいながら、

いつもの 見せびらかしぃが出てしまった。

「都に行くのよ。ライオンキング、もんじゃにTDLのクリスマスパレード、自由が丘にベイブリッジ。。。。

ああぁ 夢のような旅でしょう?☆。.:*:・'゜ヽ( ´ー`)丿」と いつもの 浮かれポンチで言ってしまった。。

髪をカットしてくれてる女性は 美しい人で 2歳3歳の年子を 保育園に預けて 働いている。

 がんばり屋さんなのだ、そんな真面目に 働く蟻さんのような彼女に この浮かれた真夏のキリギリスは

 「都に行くから 綺麗にしてねん(^^)v」と テンション高く 要求してしまったのだ。

「私も 旅が 出来るかしら?」と言うので さらに浮かれて

 「松田聖子にならなきゃね。 むこう10年は 出来ないね!」と返事したら

予約なしで飛び込んで来た客のために お昼も食べることが出来なかった彼女は 

「むかつくぅ〜」と 言いつつ 髪を グイグイと手荒に カットした。

そして デビュー当時のタワシのような頭の 森昌子が できあがった。


11月21日

得した気分。仕事で 小さなスーパーに行った

その店の横で パラソルを広げて 農家の奥さんが 野菜の青空市を出していた。

 花からお餅 みかんに古漬け・大根・カボチャ・カリン・・・・きのこ

安い! 買わないワケはない。

葉つき大根1本・なんとかウリ4個・手作りこんにゃく大1枚・広島菜の古漬け半株・でっかいカボチャ半分

・新じゃが6個・そしておまけにカブを3個もらった。しめて1000円!!!!

すごく 得した気分だ。野菜が冷蔵庫にたくさんあると

心まで豊かになったような気がする。

さっそく 今夜食べてみた。大正解だった。

あれもこれも 買い占めたかったが、月末突入という 厳しい現実が待っていた。

今月は まだあと10日も 残っている。。。青色吐息。。。虫の息。。。

ガンバレ がんばれ あと少し。。ヒーフーヒーフーゼーゼーゼー


11月20日

自分の居場所ってどこだろう。

車でいつも通る橋の街灯 手前から5本目

川のまん中あたりに なるだろう。

そこに 1羽のとんびが いつもとまっている。

ちょうど河原や 水の中もよく見通せる なかなか良い場所だ。

でも そのとんび いつも其処に居るのだ。夜はどうしてるのだろう。。

雨がザーザー降っている今日も そこにジィーっとしている。

車もたくさんとおるし、風も強い。吹きっさらしだ。

そこが 彼の定位置なのだろうか そうまでしてそこに居なくても

雨をよける場所ならいくらでもある。木々もたくさん生えている。

すぐ近くには山もある。彼らならば ひとっ飛びだ。

なのにそこで ジィーっとしている。

意地っ張りなヤツだ。孤独そうだ。。でも ちょっとカッコいい。

そうやって 世間を見下ろしながら ニヒルにつっぱてる君が カッコいい

私には 到底 マネできないね。


 

11月19日

テレビを見ていたら、ハンガリーのこども鉄道を放送していた。

なんて ステキ国だろう。真面目に子供の夢を育てている。

夢を教育している。夢を実現するためには 勉強も必要だ。

早起きもする。大人といっしょに 鉄道の仕事に取り組んでいる子ども達

そういえば 子供の頃 汽車ごっこセットを買ったことがある。

切符とパッチンと切符を切るものと車掌さんのバックが セットになっている。

改札口で チョキチョキするのが 憧れだった。

汽車の中で バックから切符を出したり、パチンと挟むのも憧れだった。

鉄道の仕事はそれだけではない。。

安全確認をして発車の合図をおくる。テレビで追いかけていた子は その役目だった。

目はしんけんだ。大人の駅長さんといっしょに 列車が見えなくなるまで見送っていた。

どこの国の駅員さんも同じだ。

鉄道にかかわるプライドと安全に対する責任感が 顔にでていた。

鉄道を愛する子ども達も 同じ顔つきだった。

 我々の国では どうだろう。。。

知識を育てる環境はあっても 

夢を育てる環境は整っていない。

大人の役目が ひとつ見えたような気がした。

 


11月18日

もったいないことをした。きょうは 風が強いがお天気だ。

仕事するも良し、掃除するも良し、服の整理をするも良し。。。パンを焼くも良し。従姉妹の家に遊びに行くも良し。

時間は たくさんあった、なのに何もせず ただ日常的な掃除と食事作りで 終わってしまった。。。

なんて もったいない時間の使い方を してしまったのだろう。

毎日 仕事をして生活にリズムがあるほうが 事がテキパキと片づく。

やりたいことも たくさん見つかる、

さて 明日は どんな1日しようか。。。

・。・゜★・。・。☆・゜・。・゜。・。・゜★・。・。☆  

なんだか 落ち込んでます。イライラしてるかも。。

夫をまた 怒らせちゃったせいかもしれません。

怒りのエネルギーって どこから来るのでしょうね

あんなふうに 怒ってみたいです わたしも 

どうして 怒らせるのかって?

私だって 怒られたくないですけど チョットした 心のすきが 怒りのスイッチを

ONしちゃうのです。勘違いとか 早とちりとか うわの空とか

怒られるって いくつになっても イヤですね。

怒りのエネルギーがあるだけ 元気な証拠でしょう。

ま、それだけで OKと思うことにします。

反省は 今回はしません。。

反省 しすぎると 自分を 失ってしまうから

 


11月17日

友達の実家のお嫁さんが 乳ガンで手術した。

お嫁さんは この6年間に 驚くほどの大病を5回もして 手術している。

私だったら お払いをしてもらいに行くところだ。。

お嫁さんも 友人のお母さんも ハッキリものを言う人達で

友人は 彼らの会話を おもしろ おかしく聞かせてくれる

術後で ふんふん痛がってるお嫁さんの 横で お姑さんである友人の母は 

医者からまだ言わないようにと 口止めされていたにもかかわらず そうとは知らず

「抗ガン剤を打たないのかねぇ 抗ガン剤。。。誰も 教えてくれないけれど 抗ガン剤を打ったほうが。。」と

本人の前で 言ったそうな、、本人も負けずに

「 私は結婚してから 体調が悪くなった。お母さんが買ってくるあのナントカという水が いけなのかも」

お姑さん「あんたは 感謝が足りない!そんなもん買って。。 入院したら お返しとか見えないお金がいるのじゃ」

お嫁さん「 いまから髪の毛が 抜けるのだから カツラを買って何が悪い。。」

そして とどめは 術後 胸から管がでていて その管を赤い液体が流れていたそうな

それを見た 嫁と姑が 「これは 血尿かねぇ?(。。?」と 話し合っていたそうな。。

一見 橋田寿賀子のドラマのような 嫁姑の会話だが 底にはいつも 暖かさを感じる

身体の弱いお嫁さんの面倒を看るため 72歳のお姑さんは 元気に車に乗って走り回っている。

私たちが学生のころから みんなを可愛がってくださった 面倒見のよい お母さんだ。

きっと お嫁さんが 言いたいことを言えるのも その暖かさや大きさを 知っているから言えるのだろう。

信頼がなければ 甘えることはできない

思ったことも なかなか言えないものだ。

 


11月16日

ボジョレーヌーボ解禁日。。それが どうしたって?

 ボジョレーを 結婚祝いの引き出物用に ラッピングさせてもらった。

とても楽しい仕事だった。あらかじめ リボンは昨夜から こつこつと

作っておいたが どうも間に合いそうにないので、仕事仲間の藤井さんに お昼から手伝ってもらった。

同じく仲間の山本さんには リボンの足りない色をもらった。。たすかった。欲しい色だった。

内藤さんには ラッピングプランを練っているとき ラッピング用用紙を

どっさり もらった。。。。本来ならば 私の担当店のことだから

自力で何とかしなければいけないのだろう。

でも みんな 太っ腹で 我が身を削って協力してくれる。

それに 応えるためにも 経費をかけず ステキなものに仕上げたい。

出来た(^^)v  祝福と協力と感謝と祈りのこもった 最高のウエディング・ボジョレーだ。

夜 お店の奥さんといっしょに お客様のお家へお届けした。

「おめでとうございます。」

心から 1本ずつに この言葉を添えさせていただきます。

心をこめてって こういうことを言うのか。。。

 


11月15日

パラパラ。。

ダンスのパラパラではない。

散歩道の途中、青々としたヤマゴボウの丘が 一面続いている。

 秋から冬に季節が移り、茶色くなった葉っぱが・・・痛々しい

 種が弾けて パラパラとなっている。

至る所で いっせいに弾けている。耳をすませてみる。。。ぱらぱら。

来年も またあの青いむせるような葉を茂らせるため、パチパチと

なっている。そこも ここも 全部だ。。。

結実って 結果と似てるかな?っと 思いながら空を見る。

あ・・・・・・・パラパラという音は、雨だった。。。

降りだす前に 家に帰ろう。

 


11月14日

ケンカのエネルギーってスゴイ! 

かつて ゴミ箱あさりしている 顔なじみのカラスと出会ったとき そのカラスはすぐ真上の屋根にとまり カラカラカラと舌を鳴らしていた。

これは 喋っているのか 威嚇してるのか不思議だったが 今朝その意味がわかった。威嚇してたのだ。

体調45cmはありそうな 真っ黒カラスが4羽 屋根の傾斜にとまって

何やら賑やかだ カラカラカラと 聞き覚えのある声がしたと 思ったら、なんと 4羽が 乱闘を始めた。

すぐそこで。。。。

屋根から 飛び落ちながら 家の前の駐車場で 大喧嘩の真っ最中

羽は飛んでくるし もつれ合っている。

思わず 「すごい。。。。」と 見とれてしまう。

ゴミを焼いていた 近所のおじさんも あきれて見入っていた。

近所の家の カーテンが開く。

縄張り争いか とにかく 2対2のすざまじい戦いだ。

生きるって大変だね。

みんな 身体を はって生きてる。

そのエネルギーは 命の証だ。

黒く光っていた。


11月13日

手に合う。今日 流しの包丁差しから 入れたまま忘れていた 古い包丁を 出して使ってみた。

研いで研いで 刃先は細く小さくなっている。 握りは 手になじむよう 手の握りにあわせてある。

重さが 軽くて適当に重い。刃先が軽い。。。。。野菜を切ってみる。。とんとんと 軽やかに切れるのだ。

私は なぜこのように使いやすい包丁を 使わず、 今の切れない安物に乗り換えたのだろう。。

そうか 鋼の刃先が 黒く変色しているからだろう。。

安売りで買った 今はやりの ステンレス包丁は 見た目は綺麗だが すぐに切れなくなる

見つけたその包丁は

 嫁ぐときに持ってきたもので  作者の名前入りだ。

いままで  片隅に追いやってしまっていた。

今頃になって やっとその本物の良さがわかるとは・・・・・・。恥ずかしいことだ

 偶然引き抜いた その瞬間まで存在を忘れていた 

 経験という砥石で 本物を見る目を 研ぎ澄ますことが 出来たなら

もっと 心豊かに暮らせることだろうに。。

 


11月12日

日本海は さむい! 浜田 石見海浜公園へ8名でデイキャンプに 行った。

風邪ひきでドタキャン3名 うぅぅ。。。分担金が 増えて申し訳ない。

出雲在住の栂さんが 今回初参加だ。なんと てんこ盛りの手みやげ持参での参加!

前代未聞!一人に1本づつの島根ワインと 浜ちくわと クリーム大福餅だ

すごすぎる 。。。ワイン1本で良いですよ。と伝えたのは 一人一人ではなくて みーんなで 1本という意味だったのだけど。。。

律儀で優しい 栂さんらしい 驚くほどのワインに みんな 思わず

「栂さんらしい。。。。」と 言葉をもらす。

20年以上の空白があったが 関係ない。まったく 変わっていらっしゃらない。独特のテンポと感覚だ  いいなぁ〜

ひろーい海岸は 我々の貸し切りだ! きれいな砂浜に 足跡をつける。日本海の風と波に向かって立つと

「海は良いね(^^)」と 寒さで 身を固めながら 言ってしまう。

誰も居ない 冬の海に立つ おじさんと おばさん達 

心は ロマンでいっぱいだ。。。永遠の少年少女たちだ

初冬の海辺のキャビンを 借りる物好きは 我々ぐらいなもんだろう。

日本海の冷たい風にあたりながら 我々が借りているログキャビンを 見る。

 オレンジ色の街灯と 中から オレンジ色の明かりがもれる窓の中に 人の影が映る。

暖かさが ジーンと伝わってくる。 木と土と明かりと人の ぬくもりだ。

キャビンの中の空間は ほんごりと暖かく、仕事や趣味や旅の話が 続く。

このなかでは 一人一人が 主役だ。

永遠の少年少女に 乾杯!


11月11日

明日は 学生時代やっていた ヨット仲間と 恒例になりつつある 年2回のデイキャンプの日だ。

いつも 春に会えば別れ際に 秋の日程を決めて そして秋に会えば 春の日程を決めて解散する。

お互い 健康を確かめ合うような歳ではないが ちょっと行ってみようか、という程度の集まりだ。

目的地に行き 道具をセットして それぞれ役割分担表にそって 自分のあてがわれた献立を作るのだ。

ビールやワインを 飲みながら 思い出話や家庭の話を しながら 作って食べて

ただただ お喋りして 夕方6時には 家の台所に立っていられる。

そんな気楽な集まりだ。なかなか いいものだ、先輩や同級生や後輩と。。。今じゃ ため口で会話が出来る。

 当時 怖かった先輩が 必死の形相で クリームを 泡立てている。

焼き鳥の串を ずぅーっとひっくり返しながら 七輪で 最後まで焼き続けてくれた先輩もいた。

みんなが協力して 献立を作り ワイワイしたら みんなで協力しして 後かたづけをする。

作って食べて喋って片づけてバイバイ

サッパリしたものだ。だから 続くのだろう。

いいものだ、男でもない?女でもない?先輩だがそうでもなくなった(^ ^ ;;

同級生・・・・誠実だ。

わたしって、こうしてみたら いい人たちに 囲まれてる。。。。

そうだ、役割分担表を 作らなければ!


11月10日

今日は 慌てた。。昨日も 私の思いこみで 夫のズボンが見つからず

必死で探して どーっと疲れた、今日も 思いこみで 失敗した。

話は 約1週間前のこと 姑が 鉛筆で丸をつけた紙を持ってきた。

「報恩講」といって お寺さんが 年に一回檀家を 回られる予定表の

紙だった。姑は 老人の物忘れで 数年前のメモを見つけたら

その日付の日に・・・がある。と 思いこむ。

私は またまた その思いこみを してるのと思いこむ。。。

姑が 持ってきた紙を 「ああ、また 1年前の紙を 部屋に貼ってたんじゃね。。」

勘違いするから・・・と思い 捨ててしまったのだが、じつは それは 今年の予定表だった。。。

お寺さんは 今日 突然、目の前に現れた!!!! なぬぅ!!まさか。。

うそぉ〜 ホント? お寺さんが仏壇の前に立つか立たないかというとき

「すみません m(__)m 今日が その日とは 忘れていました」と言うと

「今朝 散歩の時にお会いしたとき 今日行きますよと 声をかければ

ヨカッタですね(^^) 2.3件先に よそを回ってきましょう」と 言ってくださった。 

もう、それからが 大変だ。。

仏壇のホコリを払い、部屋の目障りな物を 隠し、車を飛ばして

線香と花とロウソクを買いに行く そうだ お布施の袋も切らしてる。。

あたふたと 準備が出来て お待ちする。。ふぅ〜ε=( ̄。 ̄ )

お経のあと、話の中で 姑は「私は84歳です。、前住職さんと同い年です。。。」と

4回繰り返す。。その度に お寺さんは 耳が ちょっと遠い姑に 大きな声で

「はい。そうです。よく 物忘れもするし 耳も遠くなりました」と 返事してくださる。

お寺関係は いままで全て 姑まかせだった。

この役目、とうとう 私に出番が 回ってきたようだ。それを 実感した1日だった。

神様は こうして 私の居場所を少しずつ与えてくださっているのだろう。

 


11月9日

昨日 義姉さんが 来た。初孫が やっと宮参りがすみ 家に帰って ホットしたよ。と

遊びに来てくれた。赤ちゃんが 泣くと子守歌を 歌ってやるのだそうだ 

「レーオくん、レーオくん、おー鼻が デカイのね。 そ〜よ、父さんも で〜かいのよぉ〜♪」

名曲なので思わず 拍手しながら「 すばらしい!!!」と 身を乗り出す。

新米ママさんも 家でその子守歌を 歌っているそうだ ( ̄ー ̄) ムフフフ

その後

畑の柿を いっしょに収穫した。私が ハシゴを使って 柿の木に登って 枝を

ノコギリで切り お義姉さんが 下で実を取ったり 枝を片づける。

柿の木にのぼって ギーコギーコ 何だか 少年探偵団秘密基地も 

こんな感じかもしれないと 空想しながら ギーコギーコ バサっ  どさっ  ボコ

大きな枝を切った (^^;;;  しかし、私の車の上を 直撃した。。。愕然

ショック!ショック! 大ショーック!

 


11月8日

絵手紙が届いた。2日前 散歩の途中 久しぶりに 息子の同級生のお母さんと バッタリであった。

「やあ!元気じゃった?このまえ 偶然出会ったとき 私 あなたに変なこと言ったよ。いっしょに ここで下りて 行こうよ」って

そうだっけ?彼女と最後にあったのは 1年前電車の中でだ。

熊野の筆祭りに 全国絵てがみの会の集まりがあるから 行くのだと言っていた。

そっか、あれから1年たったのか。。。

まるで 1週間前に出会ったかのように 会話は進む。

絵てがみを 私にも出して!と お願いをして別れた。

律儀な彼女は 早速、出してくれた。あったかい(^^)

宝物が また一つ増えた。


 

11月7日

先日 お葬式をだしたばかりの 友人に電話してみた。声が 元気そうだった。ヨカッタ

里のお母さんが 泊まっている。そのお母さんが 「枕元に浴衣を着た **さんが 立っていた」と言ったのだそうだ。

彼女曰く 「あんたのとこで 風鈴ならして、お母さんの夢枕に立って、どーして 私のトコには 来ないのかねぇ。。」と

当たり前じゃない! カミサンを頼むと 周りの身近な人たちに 挨拶して歩いてるのだから

あなたに 挨拶しても 意味なーいじゃーん (¬_¬)

彼女の娘さんも 同じ事言ったそうだ、

「お父さんは お母さんには 面と向かって 言うタイプじゃないから 一番お父さんらしい」と

 

心配しないでください。。彼女は、心配無用です。とても しっかりしています。

  悲しみを悲しみとして 素直に まっすぐ受け入れている人です。

こんな強さは 私にはありません。

今度、我が家で葬式があった場合 いろんな手続きや 手順を 先輩として 教えてあげる、

といって 大笑いしたところで

玄関のチャイムが 鳴ったので 電話を切った。

 


11月6日

クレジット会社から 送ってくる雑誌をめくっていたら 

「常識とは、所詮、私たちが若い頃に受けた教育が 精神に及ぼした偏見にすぎません」

アルバート・アインシュタイン

という言葉が 胸にひっかかった。

 常識というのは 生きていくうえでの作法だろうと思う。

人それぞれ その作法の先生は違っている、 みんな それぞれ常識が違っていても 当たり前じゃないだろうか。

自分の常識にこだわると 自分自身が辛くなる

そっか 偏見か。。。

すごーく 納得してしまった。

 

うちから見える 今日の夕焼けは サーモンピンクだ。


11月5日

わたしは 泣かない女だ。TVドラマや 動物物語や 美しい景色を見ると 涙はすぐに出てくる。

しかし 実生活で 悔しかったり 悲しいとき 寂しいとき涙が 出てこない。

鈍いのだろう。

きょう 近所で一番親しい友人のご主人の葬式があった。涙は出なかった。

きのう お通夜があった やはり涙はでなかった。

彼女たち一家と 出会ったのは 19年前だろうか。。

家の基礎工事のときから 見続けてきた。。。ご主人は そのときから 毎日のように 建築中のmy homeを

見に来ていた。わたしも それを眺めていた。彼の性格のように 土台のしっかりした 守りの固い家だ。

防虫も断熱材も これでもかというくらい 見えないところを しっかりと固めている。

引っ越して来た彼女と 知り合いになる。彼女を通して、主の話を聞く、やはり 真面目で冗談が通じないくらい

固い人だそうな。。。 家と同じだ。 しかし 可愛いところもある。友人曰く 「***しよ (#^.^#)」と

いうときには 子供の後ろから わからないように 白いタオルを振るそうだ

そんな 面白いところがある人には 見えなかった。。。

穏やかで 静かで 背の高い サリーと 小太りチッチ のような 夫婦だ。

厳格な父親だったらしい。 大学生になった娘の成績表を前におき 説教をしたそうだ。

友人から 聞かされた 彼の話は尽きない。。。

最後のお別れの時 美しく育った彼の娘さんが 棺のなかのお父さんの額を撫でていた。いつまでも撫でていた。

友人は もくもくと花を入れ続けていた。。

心細いだろうね、私も 涙がやっと でてきたよ。。

我が家の軒下にさげている 秋の風鈴が めすらしくチリリンと 数回なった。

きっと シャイな ご主人が 「カミサンを よろしく」 と挨拶に来てくれたのだろう。

 


11月4日

昨日の話、母校は 今回のインカレには出場していない。しかし、現役もOBも 仕事を休んだり

家庭をちょっとお休みして 参加してる。だから 行きやすい。

そんな中へ わたしは のほほ〜んと HPにこの

大きなイベントを 載せたくて出かけていった。 土地柄か 運営委員の皆さんの人柄か

アットホームな 雰囲気で のんびりと運営されている。

町のみなさんも とても親切だ。

とまどいを感じながらも おだやかな海辺の 空気にすぐに溶け込む。

「我々が、現役のころは・・・・」と 言い出したら オバサンだと思っていたが 自分でも おかしいくらい

なんども口にしていた。こして 時代は繰り返され積み重ねられていくのだろう。

 私のように 過去を懐かしみまた舞い戻ってくる者を 海は懐おおきくおだやかに  包み込み受け入れてくれる。

潮のかおりは 今も昔も変わりない。

レース海面で戦っている君たちの 20年後30年後の姿が 私たちなのだ

いまは自分のためと母校の名誉のために 戦うと良い。

そんな君たちに 我々は 過去の情熱と夢をもう一度

思い返しているのだから。

スタート5分のドラマと 興奮を もう一度 見たくて。

 


 

11月3日

今日は 坂町水尻というところへ 全日本学生ヨット選手権の レース観戦に行って来た。

本日は レース観戦アップをご覧下さい。


11月2日

前向きな人って好きだ。きっと 自分が 怖がりやで臆病だから つぎへつぎへと努力してる人をみたら

なんか自分もお手伝いして その前向きな姿勢を 分けてもらいたくなるのだろう。

だから そいう人たちとお話していたら つい心のなかで出来そうにないかも・・・・と弱気に 思っても

 「ちょっと何とかなるか 相談してみましょう」と、返事してしまう。

言ったからには 頑張らなくっちゃね。。

そうやって すこしづつ実現できるようになれば しめたものだ!

マイナスは考えまい。小さな事でも 出来たときの喜びを 思い浮かべながら

ちょっとづつ ちょっとづつ

前進あるのみ。。。。。。

ゴツン、痛てぇ

 


11月1日

やられた!  夫の上着をクリーニング出し忘れて 虫に喰われてしまった。

しかも、お気に入りのヤツだ。かけつぎをしてくれるクリーニング屋さんへ さっそく持ち込む。。。

怖ろしく費用がかかるらしい。「あんまり 高いようだったら 止めて新しいのを買われたら?」と

クリーニング屋の店員さんが わざわざ言いに来てくれた。迷った。。。

しかし、お気に入りなのだ。。。いくら、かかっても仕方がない。クリーニングに出し忘れて

湿気の多いところに 放置しておいた私がいけないのだから。。。

今回は 私にしては めずらしく 反省をした。

その後、坂へ インカレの開会式を 見るために会場へ立ち寄ったが、雨で開会式は 余所であるとのこと残念。

しかし 明日から全国大会が4日間続く。 あのレースの会場の中にいると

その頃へタイムスリップしてしまうのだ。

オバサンであることを 忘れて、自分も現役のような気分になるから 不思議だ。

そう思わせてくれる 包み込むような空気が 好きだ。海という自然のせいだろうか。

だが、長くは浸ってはいられない。オバサンには おばさんの生きる道がある。

しばしの タイムスリップで 心を癒して さあ 家路につこう。。

なんだか 心も軽くなってきたようだ。